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野の学問とアカデミズム:民俗学の実践性を問う
概要7月に行なわれたプレ・シンポジウムの内容―民俗学をめぐる各フォークロリスト群の相対的位置関係や「在野」性の問題など―をふまえた上で、本公開シンポジウムにおいては、将来的に民俗学がどのように社会的に機能しうるのか、「民俗学への市民参加」「民俗学の応用・実践における連携・分担のあり方」といった点に、より焦点を絞り込む。プレ・シンポジウムが民俗学の過去〜現在について主に取り扱うとするならば、本公開シンポは民俗学の現在から将来について主に討議するものとなる。 タイムスケジュール
企画趣旨
第57回日本民俗学会年会シンポジウム 1.目的と内容民俗学は、日本近代の学問史のなかにおいて、官学アカデミズムとは異なる「民間学」の系譜を引くことは明らかであろう(1)。その出自ゆえに、民俗学は、研究対象の在野性と、研究者の在野性という、少なくとも二重の「野」の性質を強く帯びるとともに、「野」の担い手、あるいは代弁者としての役割をも自負し、また期待されてきたといっても過言ではない。 その学史を繙くまでもなく、日本の民俗学の形成・確立期である1920〜30年代より、民俗学、より正確にいえば、その主導者であった柳田國男は、民俗学の実践的、実用的な学問のあり方を表明し続けた。そのため、民俗学の基底的な学的あり方は、当初から在野性を帯びることと表裏一体の関係にあった。彼の発した「私たちは学問が実用の僕となることを恥としていない」「終局は人生の御用学者」という言葉は、実際の研究に反映、実現化されたか否かは別にしても、その後の多くの民俗学者の姿勢を規定してきたことは確かであろう。 宮本常一の名をあげるまでもなく、「野」に強くかかわり続ける人々も多く、「野の学問」を標榜することも一般化していった。柳田の「経世済民」の志も、終生変わることはなかった。晩年、民俗学が制度的に体系を整え、アカデミズムのなかにも進出し(2)、そこで一定の地位(あくまで民俗学草創期と相対的な制度的な地位)を得はじめた際には、むしろその実践性、実用性への関心が希薄化していくことを憂い悲しんだ。しかし、それから半世紀以上が経過し、民俗学が曲がりなりにも学問として市民権を認められる一方で、「市民」社会との関係性の再構築を含んだ、学問全体の大衆化が急速に進んでいる今日、民俗学者が自負してきた「野」との関わりは、必ずしもその専売特許ではなくなりつつある。今、その在野性の意味を、民俗学は改めて見つめ直すときを迎えている。 官学アカデミズムを、近代国家が主導し、その研究の主題と目的が国家の発展に寄与するもので、かつその方法論のほとんどを輸入に頼ったディシプリンの一群と見なすとき、確かに草創期の民俗学は、その枠組みから大きくはずれる「野の学問」=民間学であった。民俗学は、紛れもなく近代国家の成立による所産ではあるが、少なくとも旧帝国大学の講座に位置づけられたような、国家によって主導され保護された学問ではなかった。また、その研究の主題と目的は、国家が捨象してきた「民衆」にこそ存在するとも考えられてきた。そのような状況下においては、民俗学に在野性の性格を付与し、意義づけることは、官学アカデミズムに対する批判的価値を持っていた。言い換えれば、それは、かつて官学アカデミズムが追求してきた国家的価値に対してアンチテーゼとなる「民衆」的価値である。 しかし、「市民」社会を標榜する現代社会では、官学アカデミズムという枠組みで厳然とくくられるような、単純な学問区分や学問分野はすでに存在していない。いずれもその向き合う主題と目的とを、国家的価値から、「市民」的価値に照準を合わせて、学的スタンスを大きく変化させてきた。いわば官学アカデミズムの側も変貌し、「市民」社会のなかの学問へと大きく舵を切ったといえよう。その一方で、民俗学が対象化してきた「野」も、高度経済成長以降、「民衆」に置き換わるものとしての「市民」を想定する必要があるほどに、その対象自体が大きく変貌してきている。 さらに、現在、民俗学の草創期には想像できなかったほど、民俗学が高等教育のなかに進出している。未だ学界全体のなかでは「周辺」の極にあるとはいっても、多くの民俗学研究者は、大学教育など制度的ないわゆるアカデミー(=professionalism)(3)のなかで専門的で高度な訓練を受けている。さらに、そのアカデミーに籍を置くプロフェッショナルな研究者も増加しつつあり、ある部分では官学アカデミズムの系譜に属する学問分野の研究状況と、何ら変わらない位相に民俗学も位置しており、単純に「在野の学」を名乗ることは、もはや不適切である。 一方、民俗学は、その研究の重要な担い手として、制度的なアカデミーには属さない多くのアクターを、今も包含している。古くは、その担い手は教育現場で「実践」する小中学校の教員層であった。しかし、今日では、民俗学の高等教育を受けたのち、博物館や文化財行政等で活躍する学芸員などが民俗学の担い手として重要な位置を占めている。このような、制度的なアカデミーの外にいながらも、制度的な公的機関に属する民俗学研究者の活躍が、民俗学を支えているといっても過言ではなかろう。それは「市民」と対面した新たな形の「実践」の場で活躍するアクターであって、その数はアカデミーに属するアクターを超え、大きなムーブメントを起こす力を秘めている。 加えて民俗学の場合、アカデミーでの専門教育を受けずとも、自らの人生経験の中での疑問等を機に、「生活実践」の追求、延長として、この学問に参画する人々も数多い。その意味では、学問の存在位相は、今も他の学問と比べて在野性を強く保持しているともいえる。いわゆるアマチュアとプロフェッショナルの垣根がないだけでなく、民間伝承の会以来、「民衆」・「市民」に開かれた形で、積極的にその生活疑問を取り込み進んできたのが、この学会の最大の特徴であろう。民俗学に関わる人々のバリエーションは、他学問に比べ顕著な多様性を有しており、その多様性は民俗学の在野性によって実現されている。 学問全体の「市民」社会への方向転換は、本来ならば民俗学が体現しているはずのものであった。しかし、その在野性とそれに付随する実践性は、残念ながら草創期の表明以上に今日の民俗学で実現されているとはいい難く、また学問への市民参加の問題は、他の学問分野ほど、積極的に論議されてはこなかった。さらにそれは「市民」だけでなく、国外との交流や他の学問との交流も閉ざしがちの自給自足的な傾向さえ漂わせ、むしろ科学性のレベルにおいて、アカデミズムのなかでは知的孤立化の方向にあるのではないかとの疑念も禁じえない。 このような現状認識に鑑み、民俗学が今、どのように在野性を考えるべきか、特に実践性の上で、その可能性と課題について検討するのが、本シンポジウムの目的である。 2.論点議論をより明確にするために、検討される研究者の布置・構図を、アメリカ民俗学界で一般化されている図式を参考に、歴史的発生順を加味して、あくまで便宜的に、以下のように弁別(4)しておこう。民俗学に関わる人々は、表1のようなセクターに分けられる。 表1 民俗学にかかわるセクター このように民俗学の担い手を、あくまで便宜的に分けた上で、議論となる点を例示すると、下記のようになるだろう。 【1】 民俗学における「市民」参加の問題 【2】 民俗学における実践(応用)の問題 【3】 多様なアクターの協働と責任・倫理の問題 〔注〕 (1) 「民間学」としての位置づけや官学アカデミズムとの関係性については、鹿野政直(1983)を参照。 (2) 戦後あるいは高度経済成長以降の民俗学は、実践性・実用性を弱め、アマチュア(好事家)との分離を図ることで、アカデミーの地位を得てきたともいえなくない。 (3) アメリカ民俗学界において、民俗学の公共性、そして応用について主導した研究者のひとりである D. Shuldiner は、学問世界のprofessionalismをacademyと同義な言葉とし、それと対置するものとしてpublic sector(公共セクター・公的部門)を設定している(Shuldiner 1998)。この構図は、現在のアメリカ民俗学において、民俗学の応用性を考えるための研究史を表明する場合の常套的な見方と考えて差し支えなかろう。 (4) アメリカでは、かつてR. Dorsonを代表とするアカデミック・フォークロアからの極端な批判と攻撃が、B. Botkinを端緒とするアプライド・フォークロア(現在のパブリック・フォークロアも含む)になされていたことは有名である。それは、批判という以上に、侮蔑的な(pejorative)言葉であったことを、Shuldinerは言及している(Shuldiner 1998)。ただし、アメリカにはアマチュアのフォークロリストという区分はないが、日本の学史や現状を踏まえて、これを含めた。 (5) パブリック・フォークロア(Public Folklore:公共に関わる民俗学)とは、ここ数十年のアメリカ民俗学界で大きな地位を占めるに至ったセクションである。パブリック・フォークロリスト(public folklorist:公的セクターに関わる民俗学研究者)は、アメリカの場合、大学ではない芸術や文化、あるいは教育などの組織に属する人々を指す。具体的には、芸術などの文化的な審議会(arts councils)や、文化遺産に関わる歴史系の協会(historical societies)、図書館、博物館、非営利の民俗芸術や民俗文化組織などで活躍する民俗学関係者である。パブリック・フォークロアは、フィールドでの調査、記録のみならず、たとえば、パフォーマンスや民俗芸術の専門教育、展示、催事、音声記録、ラジオやテレビ番組、ビデオや書籍などの公共的なプログラムや教育関係の素材を生み出す活動に従事している。アメリカ民俗学の中心的な組織であるアメリカ民俗学会(AFS)学会員の約半数の著作が、今やパブリック・フォークロリストとして書かれたものと分類される状況にまであるという(AFS online : publicFL[1])。 〔文献/ Webpage〕 鹿野政直 1983 『近代日本の民間学』岩波書店.
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